2014年9月3日水曜日

フィルター

癖や思い込みが剥がれ落ちると、同じものがまったく違って見えます。私の体験で強烈に印象に残っているのは、Eメールです。会社勤めをしていたとき、社内で受け取るメールから、いちいちドラマを生み出し、物事を大げさに捉え、上司にしょっちゅう多大な迷惑をかけていました(^^;)

ある朝、昨日大騒ぎした同じメールを読み直し、自分の解釈がまったく間違っていたことに気づきました。
『ええっ?!これ、本当に昨日と同じメール?・・・』別人から受け取った、まったく別のメールを読んでる気分になり、目を疑いました。間違いなく同じ人からの、同じメールを読んでいるのだということに納得いくまで、ちょっとかかりました。

自分の早とちり・・・早とちりというのはいい表現ですが、強烈な思い込みによる解釈が、どれほど内容をねじ曲げていたかに気づいたとき、自分の解釈がいかに現実と離れた、間違ったものであったか気づいたときはショックでした。そしてそれを認めるのに一瞬抵抗を感じました。

ありがたいことに、この時は自分の間違いを認めることができました。

”早い”=”偉い”という思い込みがあったのも、この悪い癖に拍車をかけていたと思います。メールを読んだら即返答、即対応が偉いと思っていたのです。でもこの一件以来、条件反射の癖が破れ、一瞬の隙間が生まれました。『本当にメールを読んだかな?また自分で内容を創作してないだろうか?』と自分を疑うようになりました。

それから色んな場面で、私は自分の思い込み・信念というフィルターを通してしか、物事を見てないのだ、ということを認識するようになりました。自分の意見、というものが信じられなくなりましたが、ある意味、これまでも信じていたわけではないような気がします。何かが間違ってる、自分の言っていることは絶対普遍の真実などではない、と深いところでわかっていたからこそ、”私は正しい!!”と不安をかき消すべく、大声で叫んでいいたのだと思います。

あたかも大声出したもんが勝ち、大声で語られたものが正義、みたいに(_ _;)

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