2014年8月16日土曜日

記憶

私は過去12年間に2度、4−5ヶ月間集中的に瞑想を行う機会に恵まれました。一度目は12年前、二度目は昨年です。この間、一日10時間から18時間程度の瞑想を行い、色々な意識状態を経験したわけですが、昨年の瞑想中、そしてその後現在までにかけて、過去の色々な記憶が戻って来るのを経験しています。

ただし!がっかりさせて申し訳ありませんが、これは過去生とか、そういう話ではありません。また過去のトラウマが蘇った、という話でもありません。どちらかと言うと、自分の現在の行動・思考プログラムを構築する一端となった出来事が、あれこれと思い出されただけです。

一例は、中学生のときの出来事。
ある日、夕食の支度をする母のもとで、いつものようにその日の出来事について、延々に話していました。なんの話をしていたのかまったく覚えていませんが、私の話は母の唐突な、深い溜め息によって遮られました。

『人が右って言ったら右、左っていったら左。お前って、本当に自分ってものがないわねぇ・・・もっと自分ってものを持たないとだめよ。』

言われたことがわからず、きょとんとしたのを覚えています。

言われた内容はわからなかったけれど、母の失望感とフラストレーションは伝わったので、その日の夕食の後、日記を広げ、自分について自問してみました。”私とはなにか”、”私は誰?” 相当真剣に、集中的に自問しましたが、”私”は見つかりませんでした。そこで、どんな自分になりたいか、書き出してみました。

”人の上に立つ人間になる”とか、”優しい人間になる”とか、母に言われたこと、先生に言われたこと、人が他の人を褒めるときに挙げていた特性を次々に書き並べました。そして一つ一つを自分に言い聞かせ、忘れないようにしようと思いました。

あれから30年以上たって、あの時、”私”が見つからなかったのは、”私”というものが存在しなかったからなんだということ、その後自分がいかに、”私”という幻想を確立すべく、様々な仮面をかぶったり、イメージを追って生きてきたか、それがいかに苦しみを伴うものであったか、なるほどな、という思いが湧いて消えました。


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